使うことのできぬ熱い札束を|掴《つか》まされたことを知った磯川は、何とかして俺を見つけようとしているに違いない。磯川の用心棒は三人いた|筈《はず》だ。
磯川と秘書の植木をのぞけば、サン・グラスで目を隠しているとはいえ、俺の顔を見ることが出来たのは三人の用心棒だけだ。
朝倉は疑念を確かめるために、新宿駅中央口に廻ってみた。思った通り、そこにも、もう一人の用心棒がいた。
西口にも残り一人の用心棒の姿があった。朝倉は、その男に気付かれないようにスタンドの朝刊を幾種類か買うと、小田急デパートのそばまで歩いてタクシーを停めた。
「どこまで?」
運転手は無愛想に言った。
「京橋」
朝倉は東和油脂本社がある場所を言い、ドアのノブに手をかけた。
「駄目ですよ。|旦《だん》|那《な》。ガソリンが少ししか残ってないんで」
「本当か?」
朝倉はダッシュ・ボードの燃料計を|覗《のぞ》いた。針はFとEの中間を示している。車はブルーバードだから、燃料半タンでは、あと百数十キロは走るだろう。
「その燃料計は狂ってるのか? それとも、京橋のほうは混むから|稼《かせ》ぎにならぬと言うのか? ともかく、この車のナンバーを控えさせてもらうよ」
朝倉は言った。
「|嫌《いや》だね、旦那。ちょっと朝飯を食おうと思ってたんで……仕様がない、行きますよ」
運転手は舌打ちして後席のドアを開いた。
朝倉は車内で朝刊をひろげた。
今日の朝刊には、盗難紙幣また横須賀で発見される、という記事は載っていなかった。
磯川が手を廻して、まともな金と引き替えに熱い紙幣を回収しているのかも知れない。